みんなの防災ブログ

「誰かの為に」行動した人たち

私の家は岩手県の海に面した小さな漁師村です。
あの東日本大震災の日、私は内陸の街で仕事をしていました。
お昼休憩で食事をしていると、聞きなれない音がしました。
初めて聞く携帯の緊急地震速報。
数秒後、激しい地震が起き、電気が全て消えました。
固定テレビが見れない為、情報は携帯のテレビとネットのみでしたが、回線が混雑していて使えません。
とりあえず仕事は中断して車に乗ると、カーナビで信じられないような映像が流れていました。
初めて見る「津波」です。宮城県の映像でした。
その状況が信じられず固まってしまいました。
自宅や友達は誰も連絡が取れず、帰らなくてはいけないと思いました。
自宅に向かうも、既に途中から交通規制がかかり行けません。
そして家族の安否もわかりません。
岩手県の宮古市から上の地区の情報が全くないのです。
見るのは「壊滅状態」の文字ばかり。
眠れない日が続きました。やっと通れるようになり、なんとか自宅へ。
しかし、その光景は想像を絶するものでした。
何も無いのです。学校も道路も駅も、公民館や畑も、車も家も。
海抜30メートル近くあった線路も無くなっていました。
涙が止まりませんでした。
家族は奇跡的に無事でしたが、
亡くなった知人がたくさんいました。
水門を閉めに行った消防団のみなさん、高齢の方達をを高台に連れて行き自宅に戻ってしまった方、最後まで残っていた施設の責任者の方。
家族を迎えに行く途中だった方、船を守るために沖に出た漁師さん、避難を呼びかけ続けた地区の役員さん。
「誰かの為に」と行動できる人がなぜ命を落とさなければいけなかったのか・・・。
今も夢に出てきて悲しい思いになります。
自然災害は避けられませんが、命を守ることはできると思います。津波の恐ろしさと教訓をずっと語り継いでいって欲しいと強く願います。

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